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京都地方裁判所 昭和36年(モ)97号 決定

申立人 株式会社京都ステーションホテル

被申立人 総評京都一般産業労働組合連合会

主文

本件申立はこれを棄却する。

理由

申立人は第一次的に「(1)被申立人(昭和三十六年(ヨ)第二六号仮処分事件被申請人)(以下右事件を本件仮処分事件、右当事者を単に被申立人という)が本件仮処分事件決定(以下本件仮処分決定という)主文第一項の履行をなさないときは、申立人(右事件申請人)(以下単に申立人という)に対し損害賠償として金五十万円を支払え」との決定、第二次的に「(2)被申立人が本件仮処分決定主文第一項の履行をなさないときは、(A)当該決定告知の日の翌日から起算してその履行の意思表示なき限り五十日を限度として一日金一万円の割合による金員を支払うこと、或いは(B)担保の供与その他将来のため適当の処分を命ずる」との決定、第三次的に「被申立人は申立人に対し、(3)当該決定告知後一度も本件仮処分決定主文第一項に違背したときは即時金三十万円を支払え。(4)当該決定告知の日の翌日から起算してこれが履行の書面による意思表示を申立人に対してなすまで五十日間を限度として一日金一万円の割合による金員を支払え。(5)当該決定告知の日から三日以内に義務履行の担保として金三十万円を申立人もしくは京都地方法務局供託課に供託せよ。」以上(3)(4)(5)のうちいずれかの決定を求め、その理由とするところは、「被申立人は本件仮処分決定主文第一項所定の義務を任意に履行しない。即ち被申立人は本件仮処分決定送達後の本年一月二十六日以降も、(1)依然として設置禁止区域内に赤旗十二、三流を設置し続け、同月三十一日昭和三十六年(ヨ)第三四号仮処分事件決定に基きそのうち八流の撤去執行がなされたにかかわらず、その翌日から前同様赤旗を設置し、更に同年二月三日同年(ヨ)第四三号仮処分事件決定に基き赤旗十二、三流のうち五流につきこれが撤去執行吏保管の執行を終了したにかかわらず、その翌日から残余の赤旗八流を以て前同様これが設置をなして現在に至つて居り(2)他方別表記載のとおりの日時にその記載のとおりの指揮者、人数による集団を以て申立人事業所たる別紙目録記載の建物(以下本件建物という)に押掛けてこれに侵入坐込もうとし、(ただし申立人において本件建物の出入口を閉鎖し、かつ人員を配置して客の出入を誘導したので右集団は本件建物内に侵入することができないでいる)、かくて同建物正面入口を一時間にわたつて出入を妨害しつつ占拠し、別表記載の外右集団を以て労働歌を高唱し時には客の出入に際しこれともみ合うなど、客の本件建物の出入を困難ならしめている。よつて申立人は民事訴訟法第七百三十三条第一項、民法第四百十四条第三項、民事訴訟法第七百三十四条により申立趣旨のとおりの裁判を求めるため本件申立に及んだ」というにある。

しかしながら当裁判所は以下のとおりの理由により本件申立を認容しない。即ち

一、本件仮処分決定主文第一項は、被申立人に対し申立人がなすホテル営業ないしその他附随業務を、(イ)申立人の事業所たる本件建物内に多勢を以て侵入し、或いは該建物内に侵入坐りこむ等客の利用を妨害する行為、(ロ)本件建物の周辺に赤旗を設置する行為、及び(ハ)多数を以て右建物を取りかこむ等客及び申立人従業員の出入を妨害する行為を以て、妨害してはならない旨を命じている。

二、さて本件申立事件の疎明によると、本件仮処分決定の送達後、又当庁昭和三十六年(ヨ)第三四号及び同第四三号仮処分事件各決定執行後も本件建物の周辺に赤旗が立つていたこと又立つていることを認めるにかたくないが、右疎明を以てしては、その赤旗が被申立人によつて前記一、(ロ)の義務(以下単に(ロ)の義務という)に違背して立てられたこと及び将来被申立人が右義務に違背して赤旗を立てる虞があることを明かにしがたい。

けだし本件申立事件の疎明、及び申立人並びに被申立人各代表者本人審訊の結果によると、「本件建物周辺の赤旗は被申立人の傘下にある京都ステーシヨンホテル労働組合(以下単に第一組合という)の組合員が立てたもので、その赤旗に表示せられる労働組合はおおむね被申立人の傘下にあり、被申立人は本件仮処分決定前その傘下組合に赤旗を立てることを指示したことがあるところ同決定送達後その指示を取消して居らず、被申立人代表者は所属労働組合の赤旗一流を第一組合に貸与して居りかつ又被申立人の役員は多衆とともに本件建物周辺にいたことがある」ことを認めることができるけれども、しかしながら本件仮処分事件における申立人代表者本人審訊にあつては「本件建物周辺にある赤旗は被申立人傘下の第一組合が立てたものではなく被申立人によつて立てられた。第一組合は被申立人の傘下にあるとはいえ、そのような所為に関する限り被申立人からなんらの指示をうけたこともなければこれと意思の連絡もなく全く関係のないものである」旨が述べられて居り、同事件の疎明にはこれに副うものがあるから、単に右事実だけから被申立人が(ロ)の義務に違反しないしは将来違反する虞があることが推認せられるわけのものではなく、(却つて本件仮処分事件において疎明せられるところと彼此勘案すると、右事実からは、第一組合が被申立人と関係なしに単独で同組合のために赤旗を本件建物周辺に立てたと推認することの方が理の自然である)、被申立人に(ロ)の義務違反ないしはその虞があるとなすには、その他に、被申立人が他の傘下組合と別途に第一組合に赤旗設置について具体的な指示をなし、他面同組合ないしは同組合員が被申立人と意思の協調を遂げ改めてその指示に基いて赤旗を設置し、かつ又その赤旗の表示する労働組合の名義を特段に被申立人のために使用する意図を以てこれが設置をした等の点につき疎明がなければならないところ、この点についての疎明を欠く。

してみると、申立人の申立中右(ロ)の義務の履行に関し間接強制ないし授権決定を求める部分は、その必要を認めがたいところから、これを容れることができない。

三、そこで進んで申立人の前記一、(イ)、(ハ)の被申立人の義務(以下これをそれぞれ(イ)(ハ)の義務と略称する)履行についての申立について考えてみるのに、

(一)  申立人主張の(イ)(ハ)義務に対する違反行為というのは、「一被既に過去のものとなつた違反行為の外、部申立人において右義務に違反している時点と違反していない時点とが毎日交互反復している」というに帰着する。そうだとすると、本件にあつては、現に右義務違反が継続しているわけではない。

当裁判所は仮に過去において不作為義務違反があつたにしても、将来の不作為について間接強制をなすことは許されないと解する。

そして申立趣旨(5)の担保を供せしめる処分は将来に違反行為がある場合の損害賠償に備えるねらいはともかくとしても、実質的には将来の不作為につき心理強制を加えるものであつて、我が民事訴訟法はこれを許容していないものと解するから、該申立はこれを容れがたい。

(二)  さて右(イ)(ハ)の義務内容は法人(この場合権利能力の有無等は別論とする)たる被申立人に事実行為としての不作為を命ずるものであり、しかもその事実行為は個々の具体的行為にとどまらず営業妨害という副の広い観念に包括せられるものをも含んでいる。

ところで法人の事実行為は、それが如何なる範囲、要件を以て成立するかと相まち、当該場合において、自然人の事実行為と異り、外観上から自然人の行為であるかそれとも法人の行為であるかを判別することは必ずしも容易ではないし、そして又営業妨害行為なるものは極めて多種多様な素因を内包している上その様相は千差万化であり得る。

従つて申立趣旨(1)、(3)、(2)(B)のような「被申立人に違反行為あるときに金銭の支払や担保の供与を命ずる処分」において具体的個別的な違反行為を定めないで抽象的一般的に違反のあるときにそれが発動することとしておくと、通常極めて複雑な判断過程を経て始めて被申立人の行為であることが認められるに至るその判断をすべて申立人にゆだねることとなり得る筋合であり、ひいてはその処分の裁判が債務名義としての資格を備えるか否か疑わしいばかりでなく、(もつとも、そのような事態は自然人の事実行為たる違反行為の場合にも生起し得るものであり、従つて「その違反者とされるものが自然人であると法人であるとを問わず、又その違反行為が特定された具体的行為であると広範囲な内容を持つ一般的抽象的行為であると否とにかかわりなく、相当の処分はなさるべく該処分の裁判、該裁判の債務名義については異議その他の不服方法を以て救済方法とすれば足る」との見解が成立つであろうが)、そもそも履行のための適当な処分は執行上の処分であり、執行上の処分は判断を交えず機械的に執行さるべきことが要請されるのであるから、(その当初から異議その他の不服方法があることを前提するのは本末顛倒であり、)自然人の違反行為にしてもそれが複雑な判断を経て明確化し得るものである性質のものである限り、そして本件仮処分決定のような内容の義務については、右のような処分は許されないものといわなければならない。換言すると、本件仮処分決定中(イ)(ハ)の義務を定めるものは、その内容から見て抽象的一般的に被申立人にその違反があつた時に賠償ないしは担保を供することを命ずる処分をなすことに親しまない性質のものなのである。

しかるところ、他方、被申立人について(イ)(ハ)の義務に対する個別的具体的違反行為を定め、これに該当する行為のあつた場合に金員の支払や担保の供与をさせる処分については、先づそのような個別的具体的な違反行為の態容が無数に存することと照応し、又被申立人が団体であることと相伴い、これを特定例示することに困難があり、逆にその困難を克服し得るとしてもその特定例示がなされればなされる程本件仮処分が営業妨害という極めて広範囲な行為を禁止しているところから、該処分は履行強制の目的から益々遠ざかつて行くこととなる。従つて結局個別的具体的に被申立人に(イ)(ハ)業務の違反があつたとき、これを理由として賠償ないし担保の供与を命ずるとの処分も本件仮処分の内容と比照すると適当なる処分とはなしがたい。

(三)  ところで申立趣旨(2)(A)、(4)のような「意思表示を命じ、これに不応の場合金員の支払を命ずる」処分については、仮にその意思表示に応じないことが(イ)(ハ)義務に対する違反行為の一徴表たり得るにしても、そしてそのような徴表の具備することによつて前記(二)の被申立人の違反行為を定めることについての障害を除去し得ることとなるにしても、そのような意思表示をなさないことが直ちに右義務違反と同一であるとはいえず、従つてその意思表示がないことだけで金員の支払を命ずることは、将来の不作為義務違反につき間接強制を認めることと同様の契機を含んでいる疑が存するばかりでなく、そもそも意思の陳述を命ずる裁判があれば意思の陳述があつたものとみなされるのであるから、意思の陳述を命じた上でその不応の場合につきこれを理由に金員の支払を命ずる処分はそれ自体背理を含むものといわなければならない。

(四)  従つて本件にあつて被申立人に(イ)(ハ)の不作為義務を履行せしむるのに有効と思われるのは、その違反を防止する物的設備の設置のみであるが、該設置によつては、同時に申立人の営業にも妨害を与えることとなるのは当然のなりゆきであり、該設置の処分も本件には適切でない。

(五)  以上の次第で本件にあつては、右被申立人の(イ)(ハ)の義務履行につき将来のため適当な処分はないというべきである。

四、よつて本件申立はすべてその理由なきに帰するからこれを棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木辰行)

(別表)

番号

月日

指揮者

人数

特記事項

1

一・二六

自後五、三〇至後七、〇〇

被申立人連合会上崎執行委員

約二五~三〇

回転ドアを叩いて騒ぎ客の出入を妨害

2

二七

〃六、〇〇七、〇〇

〃松森副委員長

約一〇〇

通用門その他の出入口をも占拠

3

二八

同右

同右

約四〇

4

二九

〃前一二、〇〇後一、〇〇

同右

約五〇

5

三〇

〃後六、〇〇後七、〇〇

〃上崎委員

約三〇

6

三一

同右

〃田畑委員長

約二〇

7

二・一

同右

〃門脇委員

約二〇

8

同右

〃松森副委員長

約三〇

9

同右

同右

約二〇

10

同右

同右

約三〇

11

〃前一二、〇〇後一、〇〇

同右

約一五

12

〃後六、〇〇後七、〇〇

同右

約三〇

13

同右

同右

約四五

14

同右

同右

約三〇

15

同右

同右

約二〇

16

同右

同右

約六〇

17

一一

同右

同右

約三〇

18

一二

〃後一、〇〇後二、〇〇

〃久保委員

約二〇

19

一三

〃後六、〇〇後七、〇〇

同右

約二〇

20

一四

同右

同右

約三〇

21

一五

同右

同右

約二〇

22

一六

同右

同右

約二〇

23

一七

同右

同右

約三〇

24

一八

同右

同右

五二

来客にわざと突当つて出入妨害

25

一九

〃前一二、〇〇後一、〇〇

同右

約一〇

26

二〇

〃後六、〇〇後七、〇〇

同右

約三〇

帰来した来客に喚声をあげて脅かした。

27

二一

同右

同右

約一五

28

二二

同右

同右

約一五

29

二三

同右

同右

一八

(別紙目録省略)

【参考資料】

仮処分申請事件

(京都地方昭和三六年(ヨ)第二六号昭和三六年一月二五日 決定)

主文

一、被申請人連合会は申請人会社がなすホテル営業その他附随業務を左記行為を以つて妨害してはならない。

(1) 申請人会社の事業所たる別紙目録記載の建物内に多勢を以つて侵入し、或いは建物内に坐り込む等客の利用を妨害する行為

(2) 別紙目録記載の土地建物の周辺(別紙図面赤斜線を以つて囲む範囲内)に赤旗を設置する行為

(3) 別紙目録記載の建物を集団を以つて取り囲む等客及び従業員の出入を妨害する行為

二、被申請人連合会は別紙図面赤斜線を以つて囲む範囲内に設置している赤旗を撤去せよ。

三、申請人会社の委任する執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当な処置をとらなければならない。

(注、保証金一五万円)

(裁判官 鈴木辰行)

(別紙省略)

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